「ねがうこと。」

僕の父さんは、立派な魔導師だそうだ。

『そうだ』と伝聞の形なのは実際に僕が実際に会ったことがないからで、父さんは写真の中だけでしか知らない存在である。写真の中の父さんは、まだ赤ん坊だったころの僕を抱きしめた母さんと二人並んで、幸せそうな笑顔を浮かべている。僕はその笑顔の男の人が、自分の父親だと母さんから聞かされて育ってきたのだ。

母さんはいつも「お前の父さんは立派な魔導師で、国の任務を受けて、隣の国へと行ってるんだよ。」という話を聞かせてくれる。しかし、僕にはちっとも実感がわかない。まるでおとぎ話…夢物語と何ら変わらない。確かに僕は学校でも魔法を使うのが一番上手いと褒められる。母さんはそれを「父さんの血を継いだからだ」といって褒めてくれるのだが、全く嬉しいと思わない。

僕はため息をつきながら、町外れの丘を登っていく。『星の降る丘』と名付けられたその丘の頂上には、大きな大きな樹がどんと構えていて、それに上ると僕の住んでいる小さな村が一望できるのだ。僕は自分の吐いた白い息が夜空に溶け込んでいくのをなんとなく眺めながら、少し寂しいような悲しいようななんだか不思議な気分になった。こういう気分の日は、決まって樹に登りに行く。樹の枝に上って、葉っぱや幹に包まれていると、まるで大きな腕で抱かれているみたいな感覚になる。僕はもう一度空を見上げた。今夜は星が綺麗で、なんだか手を伸ばせば届くんじゃないか…そんな気さえしてくる。そういえばたまたま学校で「冬の方が、空気が澄んでいるから夏よりも星が綺麗に見える。」と習った。今日は退屈なビオラ先生の授業も奇跡的に、まさに夜空の星の一つが自分に向かって落ちてくるぐらいの確率で、寝ないで起きていたのだ。

丘の頂上は、誰もいなくてひっそりとしていた。まるでそこだけ時が止まっているように感じられたが、冷たい北風が頬をかすめると急に我に引き戻される。僕は丈夫そうな枝の一番低いのに手をかけ、そこから樹に登り始めた。昔は母さんと二人でよくこの丘に登った。最近は母さんと一緒に出かけることなんてめったにない。別に母さんが嫌いなわけではない。母さんは父さんの留守の間、女手一つで一生懸命に僕を育ててくれている。それは分かっている。分かっているけれども、最近は母さんと一緒に行動するのがどことなく気恥かしいのである。

いつもの最高な位置まで到達すると、僕は落ちないように気を使ってゆっくりと枝に横たわった。葉の間からは、いくつもの星と、大きな月が覗いている。

そういえば聞いたことがある。星の綺麗な真冬の夜中に、星の降る丘の樹へ願い事をすると樹の精霊がやってきて願いを叶えてくれる…。そんな迷信だ。僕は再び大きなため息をついた。

…もし本当に樹の精霊なんかがいるんなら、僕を父さんに会わせてくれよ…

僕はぼそりと言った。

〜♪〜

 「よいしょ…っと。」

今日は休日。特にする事もないから、僕はまたいつもの場所に来た。ここから見下ろす村は、夜に見るのと、昼に見るのとではまるで違う。夜に見る村は、形容するなら『静寂』の一言。月明かりに溶け込む様な家の灯かりをただぼんやりと見つめているのが好きなんだ。でも、昼は正反対。こんな小さな村でも、活気溢れる様が見れるんだ。ここからだと、豆粒くらいにしか見えないけど、人がいっぱい歩き回ってるのが見える。
別の街から商売に来る行商人。おつかいに行く子供。学校の庭で魔法の練習をしている生徒。木々を担いでいる大工さん。小さな村だけど、皆一生懸命生きてるって感じる事が出来る。昼に見る景色は、皆から活力が貰える気がするんだ。だから、元気が出ない時は昼間にここに来るんだ。

けど、今日はいつもとは違った。元気が無い訳じゃないけど…何か、もやもやした気持ち。昨日ふと呟いたお願いを、何故か忘れられないでいた。勿論あんなの迷信だし、流石にまだそれを信じてるって程僕は子供じゃない。でも、もしホントにいるならって思いも、心のどこかにあるのかもしれない。
ふと少し視線をずらすと、家族総出で何かしているのが見えた。何だろうと見ていると、急にうらがなしい気持ちが僕の心を覆った。会話も聞こえないし、ここからだと表情も窺えない。だけど、小さな子供が飛びはしゃいでるのはしっかりと見てとれた。それを見た瞬間、昨日の夜の感情が更に湧き上がって来たんだ。家族総出で出掛けるなんて事、僕は生まれてこの方、一度たりともした事が無かった。母さんと二人で出掛ける事はよくあったけど、今はそれも恥ずかしいから嫌で、一人で出掛ける事ばっかり。
父さんがいたら、一緒に出掛けたり出来たのかなぁ。僕の魔法を見たら、褒めてもらえたりしたのかなぁ。
そんな仮定の話ばかりが頭の中を駆け巡る。考えてても仕方ないとは分かっていても、どうしても抑えきれないでいた。樹の精霊でも、神様でもなんでもいいから、父さんに会わせて欲しい。

 「…はぁ…。」

と、大きくため息をついた後、写真でしか見た事が無い父親が自分の中でとても大きな存在になるのを感じながら、村を回っている家族を自分と両親に重ね合わせ、羨ましそうに見つめていた。


…ン…カン…カンカン…

いつの間にか、さっきまで目で追っていた家族を見失い、ほぼ無心の状態でぼんやりと空を見つめていた僕の耳に、遠くから聞き覚えのある音が僅かに聞こえて来た。
これは…僕が昔悪戯でよく鳴らしていた警鐘の音…懐かしいな…。
昔の記憶を思い返しながら目を閉じた。小さな子供が昔の僕みたいに悪戯をしているんだろう。きっとここの村の子供は皆この過程を踏むんだなぁと、我ながら何を考えているんだと自嘲して微笑する。
だが、一向に警鐘が止む気配が無い。いくらなんでもしつこいだろうと思い、最近の子供はと、自分を棚上げにしながら目を開けると、想像していた光景とは全く違うものが映った。
何か慌ただしい。行商人は品を片しているし、子供は走って家に戻っている。そして、皆が同じ方角を見つめていた。自分も同じように目をやった。そこは、自分が通っている学校。だが、目に映ったのは学校では無かった。見えたのは、大きな黒煙と真っ赤な火。

真っ赤な火。つまり…

 「火事…!?」

一瞬でその答えにたどり着いた僕は、慌てて樹から降り、丘を駆け下りて行った。

〜♪〜

早く…早く…早くっ!!
僕は息を切らしながら村へと全速力で駆け戻った。僕が呼吸をするたびに、何度も白い息が空中に生まれては消え生まれては消え…それはまるで輪廻の一片のようであった。

学校の方角から真っ黒な煙が上がっていると思って駆けつけたのだが、実際は学校が燃えていたわけでもなく、集落から少し離れたところにあるそこは、村人たちの避難所になっていた。

僕は辺りを見回した。さして大きな村では無い。みんながみんな知っている顔といっても全く過言ではない。隣のおじさんおばさん、クラスメート、先生…いろいろな顔がそこにはあった。

…しかし…

 「母さん!母さん!!」

気付くと僕は夢中になって叫んでいた。母さんがいない…いない…いない!!!!!
そして次の瞬間、僕は再び駆けだしていた。丘から見て、僕の家と学校は同じ方角に見える。そして母さんはここにいない…僕は最悪の可能性をなんとなく予感していた。…とにかく急がないと…もしかしたら…もしかしたら…

最後の角を曲がりきった時、僕は目の前に広がった光景に茫然とした。僕の家の周りを、すでに炎の渦が取り囲んでいたのだ。渦は高い壁となって行く手を遮り、またその壁から放たれる火の粉が次から次に村を焼け野原にしようという意志を持ったかのように、四方八方に飛び散り被害を広げていた。

なぜ僕の家が火事の中心に…そしてその高くそびえた炎の渦はただの火事では無く…おそらく魔法によって生み出されたものだ。しかしこれほど大きな炎の魔法は僕も見たことがない…これはいったいどういうことなのだろうか…。と、その時だった。

 「よく来たね!ハル・サンドストレム!!」

炎の渦の中から声がして、黒い影が現れた。一見して華奢な体に真っ黒なロングのコート、そして片目に黒の眼帯…その不気味な影が一歩ずつ僕の方に近づいてくる。

 「誰だお前は!!」

相手の底知れぬ威圧感に僕は少し及び腰になりつつ、さらに声が裏返りそうになるのを必死にこらえてそう聞いた。

 「私はユーリ・ソレンスタム。お前の父親、ウィル・サンドストレムによって壊滅させられた秘密政治結社の参謀さ。」

黒い影…おそらく若い女であろうそのユーリなる人物は言った。そしてユーリは両手を空へと掲げた。その手からは新しい火炎放射が生まれその炎は学校へと伸びようとしている。僕は慌てて 「やめろ!」と叫びながらユーリに捨て身で突撃した。しかし、ユーリから1メートルほど離れたところで見事にはじき返されてしまった。これがおそらく、結界というものなのであろうことは学校内で一番魔法に長けているハルにはすぐ分かった。

 「やめろ!やめるんだ!!」

僕は必死で叫んだ。するとユーリは火炎放射を放つ手を下ろし、攻撃を止めた。…そして、ニヤリと笑って指を一つパチンと鳴らした。

紫色のオーラが現れた後、どこからともなく黒い棺桶が登場した。石のような何かで作られたそれが僕の目の前に進んできてそしてユーリが再び指を鳴らすのと同時に蓋が開いた。


 「母さん!!母さん!!」

思わず僕は眼を見開いて、自然と叫んだ。棺桶の中には、まるで死人のように肌が真っ白になった母さんが寝かされていたのだ。

 「お前!母さんに何をした!!」

僕は大声で喚き散らした。しかしユーリは全く表情を変えずに一言言い放った。

 「村を守ってお前の母親を殺すか。お前の母親を守って村を焼け野原にするか…どちらかを選びなさい。」

〜♪〜

 「そ、そんなの選べる訳ないだろ!」

僕は当然の答えを言い放った。街か母さんかのどちらかを取るなんて事、出来る訳がない。

 「なるほど、この様な子供に強いる事は、酷と言うものか…」

自問自答するように呟くユーリに対し、子供扱いするな!と言う言葉を、僕は口にする事が出来なかった。目の前にいるユーリと名乗る女の冷徹な眼に気圧され、足ががくがく震える。けど、逃げたくない。街も、母さんも、失いたくなんか無い。

 「では、もう少し簡単にしてあげましょう。お前の父親、ウィルの居場所を教えなさい。そうすれば、この街、そして母親には危害を加えないと約束しましょう。」
 「…父さんの居場所…」

僕はうろたえてしまった。知っているものなら、今すぐにも叫びたかった。目の前の悪魔を思わせる人間から逃れられる、このいつもの空気より何百倍も重い空気から逃れられると思ったら、居場所を言うだけで済むならいくらでも言いたかった。でも、実際は分からないんだ。

 「し、知らない…」
 「…ほう?この期に及んで、まだ意地を張りますか。大した子供ですね。」

無駄に頭の中で空回りし、答えるのに遅れたが故に勘違いを招いてしまった。
僕は慌てて弁解するように叫んだ。

 「ち、違う!ホントに、ホントに知らないんだ!!僕は、父さんの事なんて全く知らない!!」
 「悲しい子供ですね…ウィルは…我が子さえも手駒にするという事ですか。」

ユーリは仕方ないと言わんばかりにやれやれと頭を振る。そして、怖い形相で僕の方に近づいて来た。

逃げなきゃ…逃げなきゃ殺される…!!

混乱する頭の中で、その一言だけ言い聞かせ、一目散に逃げようとするが、足が動かせなかった。目の前の恐怖に怯え、ただがくがくと震えるだけの自分の足。もはや自分の足では無い感じがした。

そんな…動け…動けよ…!!

 「…わざわざこのような人里離れた場所まで来たと言うのに…まるで収穫無しですか…ソニアも頑として答えてはくれませんし…」

必死に頭で言い聞かせても、僕の足は全く動かない。その間に、自分の目の前までユーリが歩いて来た。今にも涙が零れそうになりながら、僕はユーリを見た。

 「お前に恨みは無いが、死んで貰うしかないですね。」

僕の顔に向け、ユーリは手を掲げた。ゆっくりと手が赤く光り始める。

 「う…ぁ…」
 「安心なさい、ここの街も全て葬り去ってあげますから。」

ユーリは手に籠めながら、本当に優しい笑顔を作って答えた。その笑顔は、冷笑以外の何物でも無かった。その瞬間、我慢していた涙がこぼれ始めた。ここで死ぬ…そう思った瞬間―

 「はぁ!!」
 「な―」

真上から雄叫びを上げる声と共に、槍が降って来た。
ユーリの真上から降って来たその槍は、慌てて避けたユーリを掠め、そのまま地面に突き刺さった。
そして、槍と共に地面に着地した人間はすぐに僕の前に立ち、ユーリを睨みつける。

 「ビオラ…先生…?」
 「ハル君!下がってなさい。」

それは紛れも無くビオラ先生だった。村に魔物が入りこんだ時も、女性と言うハンデをものともせず、最前線で戦っていたビオラ先生。

 「で、でも、母さんが―」

僕は涙でくしゃくしゃになった顔を拭いながら聞いた。少しだが、心に余裕が出来た。

 「大丈夫、ソニアさんは私が助けます。」
 「助ける…?笑わせてくれますね…そのような棒きれで、私を倒せるとでも?先ほどは不意を突かれたとは言え、もうあのようなチャンスは二度と来ませんよ?」

ユーリはローブの中から手投げナイフを数本取り出した。全てを指に挟み、構える。

 「はぁあぁ!!」

ユーリの言葉などには全く耳を貸さず、ビオラ先生はユーリに向かって槍を突き刺した。

バチィィ!

だが、その槍は、ユーリまで届く事無く、1メートル程手前で火花を飛び散らす。
授業でやっていた。結界と言うものは、発動させた人間の意志で、すり抜ける物とそうでない物を決める事が出来る。
つまり、ビオラ先生の槍は弾き、自分のナイフは―

 「ビオラ先生、危ない!」
 「きゃあぁ!」

その先を考える前に、僕は叫んでいた。だが、その言葉は既にナイフが放たれた後だった。僕の声に重ねるように、ビオラ先生の悲鳴が飛び交う。何本かは避けたが、全てを避けきる事が出来ず、手足に刺さり、そのまま後ろに吹き飛ばされた。

 「ビオラ先生!!」
 「その程度の攻撃じゃあ結界は破れませんよ?もっと楽しませてくださいよ。」

ユーリは高笑いをする。ビオラ先生でさえ意図も簡単にやられてしまう。
その現実を見せ付けられ、僕はまた絶望の淵に落とされた。

ぽつ…ぽつ…

火の手が生み出した上昇気流の影響で、雨が降り始めた。
すぐに雨は強くなり、ビオラ先生の傷から出る血と混ざり、あっという間に赤色の水たまりが出来る。

 「っく…う…ぁあぁ!!」
 「ビオラ先生!!」

余りの苦痛に叫びながらも、ビオラ先生は体に深々と刺さったナイフを抜く。

 「離れて…なさい…!」

とめども無く流れる血にも負けず、ビオラ先生はまだ戦おうとする。

 「もうダメです!早く治療しないと死んじゃいますよ!!」
 「今戦わなきゃ…どうせ死ぬわよ…なら…私は戦いの中で死ぬ事を選ぶわ…」
 「よく分かってるじゃないですか。聞くだけ聞いたら、全てを壊す予定でしたから。」

虫の息でそう言うが、体は答えてくれなかった。痛みで、構えた槍を落としてしまう。
既に握力も無くなってるはずだ。この寒さの中、傷が深い上に雨の中戦うなど、自殺行為以外の何物でもない。そんなビオラ先生を、嘲笑いながらユーリが言う。ユーリのその姿を見ると、先ほどの様な恐怖とは違う、別の感情が湧きあがって来た。

 「酷い…許さない…お前は…絶対許さない!!」
 「許さない?お前の様な子供に何が出来ると言うのですか?」

子供の様に喚いた僕は、ビオラ先生の代わりに槍を持って構えた。ユーリは更に大きく笑いながら言う。
まだ、手はかたかたと震えている。だが、動かす事は出来る。魔物と戦った経験がほんの少ししか無い僕には、真っ向から戦っても絶対に勝てるはずがない。なら、何か意表を突く攻撃を仕掛けるしかない。まずは、あの結界をどうにかするしかない。結界の壊し方は、ビオラ先生がやろうとしたように、一点に圧力をかけて壊すのが一番のはずだ。だが、大人のビオラ先生の、しかも使い慣れた槍での一突きでさえ、弾かれてしまった。つまり、僕の一突きなど物ともしない事は目に見えている。どうしたらいいんだ、どうしたら―

ゴロゴロ…ピカァッ!!

 「!?」
 「…雨が強くなってきましたね…さっさと終わらせましょうか。」

空が強く光、雷が遠くに落ちる音が聞こえた。その瞬間、僕の頭に戦慄が走った。やった事がない。失敗すれば僕だけがあの世行き。だが、今の僕にはこれしか思いつかなかった。やってみるしかないと一瞬で悟った僕は、手に力を籠め始めた。じりじりと近づいてくるユーリに対し、手に籠めた魔法を放つ。

 「フレアボール!」

僕が唱えられる最大の力を籠めて、火の玉を放った。ユーリでは無く、空に向かって。
一瞬避けようとしたユーリが、あさっての方向に飛んで行く火の玉を見ながら思わず噴き出す。

 「恐怖で頭がおかしくなりましたか。力の無い者は、哀れですね―」
 「いいや、これでいいんだ。」

憐れみを持って語るユーリに、僕は被せて言い放った。そして、そのまま、槍を上に向けて掲げながら、全身に力を籠めて祈る。
何の負け惜しみを言うのかと、嘲笑したユーリの顔は、一瞬で青ざめる事になった。

ピカァッ!!

空が先ほどよりも強い光を放った、ユーリがまた雷かと思い、上を向こうとした瞬間―

ガッシャーーーン!!

鼓膜が破れる程の轟音と共に、雷が落ちた。風圧で飛ばされそうになるのをユーリは必死で耐えた。そして、目の前に信じられない物を垣間見る。

 「…これで刺せば…突き抜けるはずだ…」

バチバチと全身から黄色い光を放ちながら、僕はにやりと微笑みながら言った。
槍に雷を落とせば、威力は何十倍にも増す。そんな馬鹿げた考えを、僕は実行するしかなかったのだ。

 「な―そ、そんな事、出来るはずが…!」
 「理屈何か関係無い!これが、僕の全身全霊を籠めた一撃だぁ!!」

目の前の光景を受け入れる事が出来ず、うろたえるユーリに対し、叫びながら、構えた槍を突き刺す。

 「く、来るな!!」

慌てて投げたユーリのナイフは、全身を雷で纏った僕にはまるで効果が無かった。肩にささりそうになったナイフは、刺さる直前で弾かれる。こんな所まで、僕は一切考えてはいなかったが。

 「こ、こんな…こんな事があってたまるかぁ!」
 「いっけえぇぇ〜〜〜〜!!!」

あっという間に射程範囲まで来た僕は、体全体で槍を思いっきり突き出した。
突き出した槍は、ユーリの周りに存在する無色透明な結界など、紙切れ同然の様に突き抜け、そして―

 「ぎゃああぁあぁぁぁ〜〜〜!!」
 「うわあぁぁあぁ!!」

ユーリの体に突き刺さり、そのままバリバリと言う轟音と共にユーリの体に電撃が走った。同時に、槍から感電した僕にもダメージが来た。激痛に耐えながら、僕は槍をさらに奥まで突き刺そうとしたが、そこで僕の意識は途絶えてしまった。


 「ん…」

一瞬で意識が飛んでしまった僕は、目が覚めるとすぐに横目で隣を見た。真っ黒なコートは、焦げくさい異臭と共に白い煙を放っていた。気を失っていた時間はものの三十秒にも満たないと言うところだろう。

 「やった…」

安心から、気が抜けた声でそう歓喜する。だが、それもつかの間―
ぬっと、横になった黒い影が動き始めた。

 「…さすがはウィルの息子…と言った所ですね…正直…死ぬかと思いましたよ…」
 「そ…んな…」

ユーリはかなりのダメージを負いながらも、死には至らなかった。
眼帯が取れ、露わになった片目は、完全に潰れ、大きな火傷の痕がある。

 「ふふ…ですが、流石にここまで…でしょう…?」
 「…く…そ…」

ゆっくり、のそのそと自分に近づいてくるユーリ。慌てて立ち上がろうとするが、体は言う事を聞かなかった。完全に魔力を使い果たし、疲労で指一本動かす事も出来ない。意識も徐々に薄れて来て、目も掠れる。

 「…これでお仕舞いにしてあげますよ…」
 「…そうだな…これで、終わりだ。」

ふと掠れた視界の左から、ユーリを遮るように人が入って来た。

 「な…お前…は………」

ユーリの言葉を最後まで聞きとる事が出来ず、僕の意識は完全に飛んでしまった。


 「…ん…ここは…?」

肌寒い風と、乾燥した冷たい空気で目が覚め、ふと目を開けた。雨も止み、空は既に日が落ち辺りが暗くなっている。

 「丘の上だよ。」
 「え…?」

虚空に放った質問が、急に返って来た。聞いた事の無い声だ。慌てて声のなる方を見ると、そこには男性が立っていた。確かに、ここは星の降る丘の頂上だった。月明かりで、薄らとしか見えないが、村を見下ろす横顔が凛々しく見える。

 「えっと…あの、どちら様ですか…?」

僕は戸惑いながら聞いた。目の前の男性は、長いコートと工具入れみたいな鞄を腰に巻いている。どこか遠くから来た調査員か何かだろうか?村の人なら、名前までは流石に全てを覚えてはいないが、顔なら絶対に覚えている。だが、この人は村で見た事が無かった。なのに、何故か妙に既視感を覚える。何か変な感じだ。

 「この樹は相変わらずでっかいなぁ…」
 「え、あ、はい。そうですね…」

だが、質問の答えは返って来ず、僕は慌てて対応して答えた。
ん、相変わらず??と言う事は、前にも来たことがあるのだろうか?

 「ビオラさんと、ソニアは、病院で治療を受けてる。」
 「そ、そうだ!ビオラ先生は大丈夫だったんですか!?それに、母さんも…」

僕が次に考えるであろう事を先に言われた。慌てて思い出し、心配になって聞く。

 「あぁ、命に別状は無いそうだ。」
 「そうですか…よかったぁ…」

命に問題無いと言われ、安心からホッと一息つく。

 「お前は大して怪我をして無かったからな。ちょっと寝れば目が覚めるだろうと思って、寝てる間に勝手に連れて来たんだ。」
 「お、おま…」

初めて会った人にお前って…何でそんなに慣れ慣れしく話しかけるんだろう。僕は少しムスッとしながら言い返す。

 「そうですよ、僕はかの有名なウィル・サンドストレムの息子なんですから!」
 「ふふ…はは!そうだな。流石、俺の子だな。」

子供みたいな強がりを、胸を張って言うと、目の前の人は思わず笑いながら言う。子供だからって馬鹿にして笑うなんて…!!って…ん??今、最後何て言った??

 「なに呆けた顔してるんだよ、ハル。」
 「え、え??」

目の前の状況に頭がついて行かない。えっと…つまり…

 「父さん…?」
 「気付くのおそいなお前!」

半信半疑で口にした言葉を、見事な突っ込みで返してきた。確かに、言われてみれば十年以上前の写真の中の父さんと似ている。だが、まだ信じられなかった。

 「ほ、ホントに…?」
 「嘘ついてどうすんだよ。ハル、お前の名前、誰が付けたと思ってんだ。」
 「あいて!!」

そう言いながら、僕のおでこを小突く。僕はおでこを擦りながら、漸くこの今の事実を認めた。その瞬間、一つの感情が胸の底から湧きあがって来た。そして、その感情に任せ、目の前の人に向かって―

 「…っ!」
 「馬鹿っ!なんで、何でもっと早く来てくれなかったのさ!!」

思いっきり殴った。そして、そのまま子供の様に喚き出してしまった。

 「怖かったんだよ!!殺されるって思って…何でもっと早く…それに、それに!!十年以上も家に戻って来ないなんて酷いよ!!会ってみたいって、何回思っても…そんなの夢物語で…それで…それで…ホントに…淋し…がったんだがら…」

気がつけば泣き出してしまっていた。声がだみ声になり、上手く喋れない。すると、少し戸惑ったあと、父さんは薄らと微笑し、僕を包み込んでくれた。

 「そっか…淋しい思いさせちゃったな…ごめん、ごめんな。」
 「謝っだっで…ゆ、ゆるざだいんだがら!!」
 「俺が家に帰ると、反対派閥の奴らがここを訪れると思って…家に帰れなかった…けど…そんなのいい訳でしか無いよな。実際、奴らは俺の故郷を突き止めたし…」
 「ほんどに…ほんどにごわがっだんだがらね!!死ぬがど…死ぬがどおぼっで…」
 「あぁ、ホントにごめんな。けど、お前は勝てたじゃないか。あんな刺客、普通倒せるもんじゃない。」
 「…ぐす…あ、あれは…ぐす…なんか、思いつきって言うか…ホントに出来るなんて思って無かったよ…」

漸く気持ちが落ち着いてきた。泣きやみ、声も元に戻った。

 「雷を全身に纏うなんて、普通の発想じゃ出来ないだろ。それに、思ってもやれるもんじゃない。」
 「あ、あれは無我夢中で…」

今思い返してみると、何故あんな事思いついたんだろうって自分でも思う。全身に雷を纏うようなイメージで祈ってたけど…実際出来るかなんて確証は全く無かった。

 「無我夢中…な…よっと。ほら、来いよ。」
 「う、うん…」

父さんが樹に登り始めた。僕も父さんの手を取って一緒に上る。

 「ほら、見てみろよ。お前が守った村だぞ。」
 「…うん…凄い綺麗…」

二人で村を見下ろした。いつものように静かだ。火事も雨のおかげで沈下したのだろう。
僕のおかげで守れたなんて、とてもじゃないけど思えない。ビオラ先生の槍を使わせて貰っただけだし…

 「ホント、流石は俺の子だ。」
 「へへ…」

父さんに褒められ、思わずにやけてしまう。頭を撫でられる事なんて、今まで一回たりとも無かったから、本当に嬉しかった。けど…

 「けど、またあんな人が来たら、僕…」
 「それなら大丈夫だ。」
 「え、なんで?」
 「俺がずっとついていてやるからさ。」
 「ほ、ホントに!?」
 「あぁ。」
 「やった〜!!」

余りの嬉しさに、勢いで思いっきり父さんに飛びついてしまった。

 「ちょ、ハル、落ちる落ちる!!!」
 「え、うわぁ!!!」

ドサッ!

勿論細い枝の上でそんな事すれば、落ちるに決まってる訳で。
危うく崖の方に落ちてしまう所だった。

 「はは…馬鹿だなぁ…はははは!」
 「だ、だってさ…」
 「よしよし!じゃ、帰るぞ。」
 「うん!」

父さんに言われ、僕は丘を降りはじめた。その前に、ちらりと後ろを振り向き、樹に向かて小さくお礼を言った。ありがとうと。何を馬鹿げた事をしてるんだとちょっと自分で自嘲した後、先を行く父さんの所まで走って行った。丘に立つ大きな樹は、祝福するかのように、風で葉を揺らしていた。

おわり 


 【あとがき】

 箱崎さん

以前から螺旋さんと「一緒に何かできたらいいね」みたいな話をしていたのですが、今回このような形で、同じ作品をリレー形式で創るという機会に恵まれました。普段は、僕がなんでもない日常を描いた、リアリズムっぽい感じの掌編、短編、ショートショート的なモノを書いていて、一方で螺旋さんは世界観の徹底された長編連載ファンタジーを書いておられて…ほぼ180度違うモノを書いているので、うまくいくか心配していた部分はありましたが…いかがでしたでしょうか??

一応、『起承転結』の4つのブロックに分けて書いています。まず『起』として僕が書き出したわけですが、螺旋さんと話をする中で、リアリズムは難しいかなと思っていたので、ファンタジーの小説なんてほとんど読んだことのない、しかもRPGとかも全然やらない僕が拙い設定でどうにかこうにか『魔導師の息子』、『星の降る丘』、『樹の精霊』というキーワードをひねり出しなんとか形にしました。(いや、形になっていないような気がしてならないのですが…)

次に『転』の項で自分のパートを書こうと思ったら、まさかの火災発生…なんたる無茶かと思いましたが、こうなりゃ後は全て勢いだと思って、敵対勢力を出現させてしまいました。ただ、その敵対勢力もイマイチ思いつかなくて、『秘密政治結社の参謀』という奇異な設定になってしまいました。そしてお返しと言わんばかりに無茶なところで返して差し上げました。そしたら終末部分の長いこと長いこと…(笑、読み返してみると普段短編しか書いていない僕なので、僕のパートはすごく短かったですしね…。)さらに僕には絶対書けない戦闘シーンをお任せする形になったのですが、やはり普段から書いておられるだけのことはあって、その表現や設定に素直に感心させられました。本当に勉強させていただくことがたくさんあったように思います。

本当はクリスマスの企画だったのに、まさかの越年だったり、僕の中ではお父さんは異国の地で…と思っていたのに、まさかのお父さん登場だったりといろいろ事件(笑)は起こりましたが、とっても楽しく書かせていただきました。2010年の幕開けにこのような素敵な機会を下さった螺旋さんと、ここまでお読みくださった皆さんに感謝いたします。本当にありがとうございました。

〜♪〜

 螺旋

この度は「ねがうこと。」をお読みいただきありがとうございました。螺旋です。二回目と四回目を担当させて頂いた訳ですが、まずは二回目。何か事件を起こせばいいと言われたので「じゃあ、火事起こしておけばまぁ何とかしてくれるだろうw」、「返って来た時にまとめをちょろっと書いて完成かなぁ♪」と言う物凄い人任せでバトンタッチをした訳ですが…まさかの戦闘シーンの全てを任されて返って来たと言う(;´Д`A ```←
その結果の四回目ですね。お陰で最後だけ物凄い長くなってしまいました、配分が明らかにおかしいですねwなんか申し訳ないですorz 因みに、その戦闘シーンに関してですが…実はこの戦い方、元々自分が書いている小説の方で起用しようと思っていたんですね。ですが、今回キャラの名前は全て箱崎さんにお任せしたところ(主人公のハルと言う名前だけは二人で決めましたが)、主人公の姓がサンドストレムと、雷雨をイメージして付けちゃうじゃないですかw「あ、これはじゃあもう雷使うしか無いだろう」と言う事になりましてwwそうしたら、だったら避雷針代わりに槍欲しいし、でもハルが武器持ってる話出て来て無いし…と悩んでいたら、あ!ビオラ先生が名前だけの出演じゃ可哀想だから戦わせてあげればいいじゃないか!?と言う結論にww思わぬ形で綺麗にまとめる事が出来たと言う訳ですねww結局かませ犬と言う形になってしまったビオラ先生…何か申し訳ないですorz

さて、四回目は上手い事まとめなきゃいけないので、終わらせ方にも結構悩まされたんですね。結局父親と樹に登ると言う形で終わった訳ですが…実はずっと一緒に居れると言う訳でも無く、実は調査の為で来ただけって続きがあります。星の降る丘の頂上にある大きな樹。樹の精霊が宿ってると言う噂が村ではされていましたが、実は本当の事なのかもしれないらしいという話になり、その調査の為に、父親が自ら志願して来たという経緯がある訳です。だったらまぁそれも書けよと言う話なんですが、それだと上手くまとめられなかったので、後書きで追記させて頂くと言う形を取らせて頂きました。まぁ、ハルからしたら、そんな経緯はどうだっていいんですよ。父親に会えたと言う事実に変わりは無い訳ですからwwそして父親に関して、あまり多くは語らない事で、とりあえず計り知れない程凄いと言うイメージを持たせようと努めてみました。戦いも、研究も出来る完璧キャラですねwホントに立派な魔導師ですwそんなイメージが読者様に伝わっていたら、幸いです^^;

今回初めてリレー小説と言う物に挑戦してみたのですが、個人的には本当に楽しませていただきました♪まず、起承転結に当たる起の部分を箱崎さんに書いて貰ったので、他の方が作った世界観に、自分が筆を入れる様な感覚がとても楽しかったです♪ただ、本当はクリスマスの為に書いていたはずなのですが、お互いに時間が無くて結局年明け公開と言う形になってしまいました。まぁ、クリスマスじゃなくても別にいい話だったのが唯一の救いです^^;

最後になりますが、リレー小説を書くと言う機会を与えて下さった箱崎さん。このお話を読んで下さった皆様に精一杯の感謝を。本当にありがとうございました。

2010.01.01

本棚に戻る

inserted by FC2 system